にわのいろpartⅡ

2019年春からの庭の記録

木星&金星

昨日(2日)の午後7時前の西の空。輝く二つの星は右上が金星、左が木星

ちなみに、2月28日午後6時半頃。月・木星・金星がほぼ一直線でした。


セイヨウヒイラギナンテンの下のクリスマスローズ。大きめの花で丈夫らしく、こぼれ種からのも育っている。



去年種まきしたウォールフラワーがあちこちで宿根して大きくなった。種袋の色はミックスのはずなのにほとんどが黄いろ~オレンジ系。

 

きょう、3月3日は・・・

朝起きてきたオットに、「今日3月3日は何の日?」と尋ねたら、すかさず「今日はたつこさんの誕生日」と答えが返って来た。
えらい!!よく覚えていたね。
「たつこさん」とはオットの母親で、長い事一緒に暮らしていた姑のこと。今日で100歳になる。生きていればね。
骨粗しょう症で74歳で大腿骨骨折、車椅子が必要になったのは80歳頃?認知症は2011年の東北大震災のことがすでに分からなかったので85歳過ぎてくらいから?90歳で寝たり起きたりの生活(自力では体が起こせなかった)。
介護は最終的にはほぼ全介護。軽い肺炎が治って3か月の入院生活からそのまま同じ系列の施設へ入ってわずか2週間で亡くなってしまった。96歳。
思えば姑が骨折してからすぐに介護保険制度が始まって、デイサービスやショートステイを利用する事ができ家族としてはだいぶん助かったかもしれないが、それでも最後のぎりぎりまで家で面倒を見られたのは姑が認知症のせいでずっと大人しく、自分で動けないのでじっとしていることが多く、内臓が丈夫で食欲があり夜はちゃんと寝て、デイサービスからもらってきたノロウィルスとか風邪とかにかかっても数日で治ってしまう丈夫な人だったせいだと思う。姑の行動に振り回されることはほとんどなく、私のペースで介護ができた事がありがたかった。ケアマネさんに「ポジティブですね」と言われたけれどそれはみんな姑のおかげ。
元気だった頃の姑は少々困った人でいろいろ思い出すけれど、介護生活になってからは静かでかわいらしいお婆さんに変身した。私が撮った遺影は、デイサービスに出かける朝に庭をバックに笑っている姑で、季節はちょうどバラが満開だったころ。
今日は仏壇にちらし寿司も添えて、一緒にひな祭りを祝う。
思い出したけれど、ある介護認定の日、姑が誕生日を聞かれて「2月14日」と言った事があった。「あれ、ボケてる?」と思ったら、「昔は産まれてもすぐには役所に届け出なかったから3月3日になった」のだと。誕生日が2月14日っていうのもしゃれているけどね。私が結婚して同居を始めた頃のがさつで大雑把な姑には、3月3日はおよそ姑にふさわしくない誕生日だとちょっと思った事もあったっけ。ごめんね、たつこさん。(認知症になってからはたつこさんと呼んでいました)